研究・開発の窓 COLUMN
血流刺激を再現する「圧力駆動型生体模倣システム」で実験の効率化を実現
国立研究開発法人産業技術総合研究所
杉浦慎治氏
血流模倣の鍵は「流れ刺激」「三次元組織」「臓器間相互作用」
動物実験代替法としての生体模倣システム(MPS)の開発が世界的に進む中、国立研究開発法人産業技術総合研究所・生命工学領域細胞分子工学研究部門の生体模倣システム研究グループは、①生体模倣システムの開発とそれらを活用した生体外評価系の構築、②インビトロ・アッセイ系を用いた機能性成分の評価・探索、③動物実験代替法としての新しいアプローチや方法論の構築を目指す研究―に取り組んでいる。
同研究グループのグループ長を務める杉浦慎治氏は「われわれのグループでは主に血流、がん微小環境、臓器連関を模倣するシステムについて開発しており、培養デバイスおよび細胞を用いた培養モデルの開発と、それらを用いた機能性成分探索、データ解析、試験法開発に取り組んでいる」と話す。中でも杉浦氏自身が取り組んできたのが、血流を模倣するシステムの開発である。
杉浦氏は、「生体における血流には、細胞レベル、臓器・組織レベル、個体レベルでそれぞれ役割があり、細胞レベルでは『血管内皮細胞への流れ刺激』、臓器・組織レベルでは『三次元組織への栄養供給と免疫応答』、個体レベルでは『臓器間相互作用』を再現することが重要である」と指摘する。
「流れ刺激」は血液が細胞の表面を流れることによって生じる物理的な力(せん断応力)であり、血管内皮細胞が流れ刺激を受けると一酸化窒素などの化学物質を放出し、血管拡張などの生理的な反応を引き起こすことが知られている。従来から、血管内皮細胞に流れ刺激を付与する実験系はあったが、それはボトルとローラーポンプとチューブを用いて灌流ラインを組み立て、中間に血管内皮細胞を配置して培養液を流すもので、複数のデバイスを実験の度にセットアップするという、手間の掛かるものであった。
「例えば、薬の候補化合物を何種類も試す、濃度を変えて実験を重ねるといった場面を想定すると、できるだけ簡便な仕組みで流れ刺激の細胞応答を評価できる実験系が求められていた」と杉浦氏は説明する。
こうした背景を踏まえ、杉浦氏らが開発したのが、血管内皮細胞に流れ刺激を付与できる灌流デバイス「圧力駆動型生体模倣システム(PD-MPS)」である。ローラーポンプは使用せず、空気圧で液体の流れを制御する新技術を用いているが、当時はまだ実験装置に用いられたことのない技術であり、血流の模倣に最適なシステム構築を目指して試行錯誤を繰り返した。
その結果、完成したPD-MPSは、カルチャーインサートの裏面で培養した血管内皮細胞を24ウェル・プレートに挿入し、細胞の下を培養液が流れるようにしたシステム(図1)である。1列に並んだA~Dの4ウェルで1つの実験ユニットを形成し、6列同時に実験できる。DとBに交互に空気圧を加えることによって、DからBに向かって培養液が流れ、返送流路を通ってDに戻る仕組みだ。

同システムは24ウェル・プレート4枚を1台のホルダーにセットして同時に実験できるため、杉浦氏は「従来の実験システムだとポンプが24台も必要になるところが、1台の圧力制御装置で済むようになった。極めて簡便な仕組みでセットアップの手間が掛からず、効率的に実験を行うことができる」と強調する。さらに、脳の血管内皮細胞への流れ刺激が高いと血液脳関門の透過性が下がる、つまりバリア機能が一層高まるという研究報告もあるため、「このシステムは薬物の血液脳関門透過性を評価する実験系としても有用だ」と付け加える。
杉浦氏は同システムを用いて、圧力と培養液流量、面積当たりの流れ刺激(せん断力)に正の相関があることを確認し、大動脈や血液脳関門の血流模倣に適した実験条件を割り出した。さらに、流れ刺激による血管内皮細胞の変化を研究し、流れの方向に沿って変形した細胞の増加、一酸化窒素産生酵素の発現亢進などが認められることを報告している。
また、同システムを用いて、iPS細胞から分化させた血液脳関門細胞に流れ刺激を付加する実験も行った。静置培養群と流れ刺激培養群を比較したところ、流れ刺激培養群では血液脳関門を透過しないとされるIgG抗体の透過性は下がり、透過するとされるMEM189抗体の透過性が上がることが示された。このことから杉浦氏は「血液脳関門の透過性評価系としても有望であることが示唆された」としている。
PD-MPSを用いた複数臓器の連関実験プラットフォームを開発
続いて、杉浦氏らはPD-MPSを用いた複数臓器デバイスの開発に取り掛かった。目指したのは、1セットの駆動装置とマイクロ流路プレートで、いくつかの臓器を自由に選択して連関が実験できる「マルチスループット循環培養プラットフォーム」の構築である。基本構造は図2に示す通りで、並んだ培養チャンバーで別々の臓器の細胞を培養し、交互に圧力を加えることによって、2つのチャンバー間を培養液が循環する。同じ16ウェル・プレートと1台の装置を用いて、2臓器連関モデルに8条件の化合物を流す、4臓器連関モデルに4条件の化合物を流すといった実験が可能になる。

杉浦氏らは、同システムでヒト肝細胞とヒト大腸がん細胞を連結培養し、プロドラッグとして知られる抗がん剤カペシタビンを還流させる実験を行った。同じプレートで、がん細胞のみの培養群、カペシタビン非投与群も同時に実験して比較したところ、カペシタビンを投与した連結培養群でのみ、薬物が肝細胞とがん細胞でそれぞれ代謝されて、がん細胞の増殖を抑えるプロドラッグ効果が示された。杉浦氏は「この実験系のポイントは、2つの細胞を混合して共培養した実験系を構築したのではなく、別々に単独培養した2臓器の細胞を任意のタイミングで連結できるようにしたことである」と述べる。同システムは現在、島津製作所と共同で製品化を進めている。
杉浦氏は「米国では、MPSを開発したアカデミアの研究者と製薬企業の研究者が共同で医薬品候補化合物を用いた前臨床試験を行うことも当たり前になっているが、日本では毒性評価や薬物動態など一部の分野での共同研究にとどまっている」と課題を指摘するとともに、「今後は医薬品開発の核心部分にも産学共同研究が広がることを期待したい。また、MPSを用いた試験データを治験開始申請に用いることができるように、周辺の環境整備も期待したい」と話している。





