研究・開発の窓 COLUMN
ヒト化動物を用いた薬物動態研究で創薬や薬物療法適正化に貢献する
明治薬科大学 教授 小林カオル氏
染色体工学技術を用いてヒト化マウスを作製
薬物動態には動物間種差があることが知られ、臨床研究以外の方法でヒト薬物動態を研究できる方法が求められている。明治薬科大学薬剤学研究室教授の小林カオル氏は、「薬物動態に関連するヒト遺伝子を動物に導入したヒト化動物」の作製とそれを活用した薬物動態研究に取り組んできた。
小林氏は「従来の動物実験やin vitro試験、ヒトを対象とした臨床研究では得られない新たな知見が得られることがヒト化動物のメリット」と強調する(図1)。例えば、「ヒト試験で薬物の脳内濃度の研究、毒性が高いと分かっている物質の毒性研究などを行うことは倫理的に難しいが、ヒト化動物を用いればヒト試験に近い研究が可能になる」と小林氏は説明する。

こうした考えに基づき、20年ほど前から進めてきたのが革新的な染色体工学技術を有する鳥取大学医学部の押村光雄名誉教授、香月康宏教授との共同研究によるヒト化マウス作製だ。ヒトとマウスの特定染色体から不要な遺伝子領域を削除し、そこに目的遺伝子を導入したヒト・マウス人工染色体ベクターを作製し、マウスES細胞に導入してヒト遺伝子導入マウスを作製する。このマウスを、あらかじめ作製しておいた目的遺伝子のノックアウトマウスと交配することで、マウスの遺伝子がヒト遺伝子に置き換わったヒト化マウスを誕生させるという手法である。
従来の遺伝子導入技術では導入できるDNAサイズに制限があったが、鳥取大学の技術は巨大遺伝子クラスターを挿入することが可能であり、長時間の安定性、過剰発現や発現消失の少なさなども特徴である。小林氏らは、この技術を用いてヒト型薬物代謝モデルマウスを樹立したが、「飼育が比較的容易で、フェノタイプにも異常がない」など、実験動物として扱いやすい特性も備えているという。
CYP3AとPXRのダブルヒト化マウスを作製
代表的なモデルが、薬物代謝酵素CYP3Aのヒト化マウスである。ヒトとマウスではCYP3A遺伝子クラスターの構成が異なる。ヒトのCYP3A遺伝子クラスターは4つの遺伝子で構成され、既存技術では巨大すぎて導入困難であったが、小林氏らは前述の染色体工学技術を用いてCYP3Aヒト化マウスの作製に成功した。同マウスの遺伝子発現状況を調べると、4つの遺伝子の発現臓器(肝臓と小腸など)や発現時期はヒトと同じであることが示された。
次に小林氏はCYP3Aヒト化マウスを応用した薬物相互作用研究に着手した。CYP3Aの発現量増減(誘導/阻害)は核内受容体PXRの活性化/不活化を介して起きることが分かっているが、PXRのリガンドには種差があることも知られている。そこで小林氏らは、開発済みのCYP3Aヒト化マウスに、新たに作製したPXRヒト化マウスを交配し、CYP3A/PXRダブルヒト化マウスを作製した。
続いて両方のマウスを用いたin vivo試験も実施。リファンピシン事前複数回投与後にトリアゾラムを投与し、血中濃度を測定すると、CYP3A/PXRダブルヒト化マウスでのみトリアゾラム血中濃度が低下し、トリアゾラム代謝物の血中濃度は一時的に上昇した後に低下した。また、CYP3AとPXRは肝臓だけでなく小腸にも発現しているため、小腸でも薬物代謝が進行していると考えられる。
そこで小林氏は、CYP3A/PXRダブルヒト化マウスの小腸切片を作り、質量マスイメージングで観察した。その結果、リファンピシンを事前投与したマウスの小腸切片でのみトリアゾラム代謝物量の増加が観察され、小腸代謝の亢進が可視化できた。CYP3A/PXRダブルヒト化マウスを用いたin vivo試験で、小腸代謝を示す門脈血中濃度の変化を調べたところ、リファンピシン事前投与後のトリアゾラム濃度は低下、トリアゾラム代謝物は増加していた。
これらの結果から、「CYP3A/PXRダブルヒト化マウスは肝代謝と小腸代謝の誘導予測モデルとして有用である」と小林氏は結論付け、「特にヒトの小腸代謝研究では内視鏡などを使って被験者から粘膜切片を取るなどの必要があったため、ヒト化モデル動物の有用性は高い」と述べる。
さらにリファンピシンを含めた4剤のリファマイシン系抗生物質を使用してCYP3A誘導予測を行うと、CYP3A/PXRダブルヒト化マウスの実験による予測結果(トリアゾラムのAUC減少率)とヒト臨床試験報告の結果に正の相関が認められ、「さまざまな薬剤の定量的なin vivoヒトCYP3A誘導予測に有用だと考えられる」と小林氏は期待を示す。
小林氏らはマウスに続いて、CYP3A/PXRダブルヒト化ラットも開発。目的によって使い分けられる体制も構築した。図2はCYP3A/PXRダブルヒト化ラット、CYP3Aヒト化ラット、野生型ラットを用いて、溶媒事前投与後(対照群)とリファンピシン事前投与後(PXR活性化群)のトリアゾラム代謝物3種類の割合を比較した実験結果であるが、3種類のラットで代謝物の内容および変化が大きく異なることが示されている。小林氏は「野生型ラットは代謝物の影響が大きく、この実験には適さない。目的に応じて使い分けることが重要」と指摘する。

さらに、小林氏らはPXR阻害剤を用いてCYP3A阻害に関する研究も実施し、CYP3A/PXRダブルヒト化ラットはCYP3Aの誘導と阻害、両方の影響をin vivoで再現できるモデルであることも証明した。
ヒト化動物で遺伝子多型による違いを研究
ヒト化動物を用いたもう一つの薬物動態研究は、薬物の代謝や輸送に関する遺伝子多型の研究である。CYP2C19の遺伝子多型は日本人で多く認められ、機能欠損や低下の原因となる2つの変異が知られている。小林氏らはCYP2C遺伝子をノックアウトしたマウスを作製し、CYP3Aヒト化マウス(hCYP3A)と交配することで、ヒトのCYP3Aを発現し、マウスのCYP2Cを発現しないマウス(hCYP3A/WKO)を作製した。
クロバザムは、CYP3A4で活性体のノルクロバザム(NCLB)に代謝されてから、CYP2C19でさらに非活性体の4- hydroxy NCLBに代謝される。つまりCYP2C19の機能が低下していると、活性型のNCLBが蓄積しやすいと考えられる。小林氏らはhCYP3A/WKOマウスとhCYP3Aマウスを用いて、クロバザム代謝におけるCYP2Cノックアウトの影響を研究した。その結果、CYP3A/WKOマウスのみでNCLBの血中からの消失延長が認められ、「このマウスは、CYP2C19の遺伝子多型による機能低下のモデルとして有用と考えられる」と小林氏は話す。
また、CYP3A5にも遺伝子多型があり、特にCYP3A5*3は日本人の50%、欧米人の90%と高頻度に認められ、CYP3A5の機能を完全に欠損させる変異として知られる。 小林氏らが最初に開発したCYP3Aヒト化マウスはCYP3A5*3(変異型)を発現していたため、ゲノム編集技術を用いてCYP3A5*1(野生型)を発現する改変CYP3Aヒト化マウスを新たに作製した。このことにより、小林氏らはCYP3A5の遺伝子多型による薬物代謝の違いを比較できるようになり、実際に2種類のマウスにアタザナビルを投与する実験で血中濃度に差が出ることを確認したという。
小林氏らは薬物代謝酵素や薬物トランスポーターをヒト化した動物をすでに10種以上作製している。これらのヒト化動物を用いることにより、「同じ環境で育った個体でin vitroとin vivoの研究ができるため、予測精度が高い研究や、詳細な検討が行えると期待している」と小林氏は述べる。今後は、「小腸の部位ごとの薬物代謝の違い、薬物の組織移行性、薬効・副作用、相互作用、個人差、食事による腸内細菌の違い、発達による薬物動態の変化などにも研究の幅を広げ、得られた知見を創薬や薬物治療適正化に還元することを目指す」としている。
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