COLUMN

4月に日本初の「コスメ学環」誕生、佐賀発の化粧品開発・人材創出拠点に
佐賀大学大学院理工学研究科 化粧品科学講座
教授 徳留嘉寛氏

自治体と協力し、コスメティック構想に貢献

 国立大学法人佐賀大学は、2026年4月から日本初の「コスメティックサイエンス学環」をスタートする。学環とは、複数の学部のリソースを糾合し、新たな学術分野の専門教育を行う「学部と同等の教育研究組織」である。同学環カリキュラムのコア科目の1つ「コスメ開発論」を担当するのが、佐賀大学大学院理工学研究科・化粧品科学講座の徳留嘉寛教授(コスメティックサイエンス学環教授に就任予定)だ。
 徳留氏は、静岡県立大学大学院薬学研究科・修士課程修了後、大手化粧品メーカーの研究者として10年間勤務した後、武蔵野大学薬学部の助教に転身し、薬学研究者・教員としてのキャリアを重ねて、2015年から6年間は城西大学薬学部教授を務めた。

 

図1 佐賀大学コスメティックサイエンス学環

城西大学の教授時代は人材、研究費などの研究リソースにも恵まれ、大学執行部の重要な役職も務めていたが、徳留氏は2021年に佐賀大学の客員教授になる道を選んだ。安定した私立大学教授のポジションを捨ててまで佐賀県に来た理由は、「医療や医薬品開発に予算を注ぎ込む地方自治体は多いが、化粧品産業に積極的に投入しているのは佐賀県のみ、国立大学で『化粧品』を冠した研究室があるのも佐賀大学のみ。県の本気度を感じて、面白いことができると思ったからだ」と徳留氏は振り返る。

佐賀県は製薬産業の集積地として知られるが、唐津市には化粧品関連産業のミニ集積地がある。2012年にフランスのコスメティックバレーの会長が唐津を視察したことを機に、唐津市と佐賀県が相次いでコスメ専門部署を設置し、県を挙げて「コスメティック構想」を推進するようになった。県のプロジェクトの第1段階は耕作放棄地を活用した天然化粧品素材の栽培や化粧品関連企業の誘致・育成で、「日本のコスメ産業全体の市場は横ばい、もしくは微減傾向だが、佐賀県のコスメ産業だけはこの10年で2.2倍に伸び、雇用も1000人以上増えた」と徳留氏。

コスメティック構想を長期的に発展させていくには、化粧品の研究開発力強化と人材育成が欠かせない。そこで第2段階として、2015年ごろから佐賀大学に化粧品の研究開発と人材育成の拠点を整備する計画がスタートした。佐賀大学には化粧品開発の現場経験のある教員や研究者がいなかったため、徳留氏に白羽の矢が立ったという。 2019年に佐賀県で講演したことを機に、県や産学連携支援組織である一般社団法人ジャパン・コスメティックセンターの担当者と何度も話し合いを重ね、徳留氏は佐賀行きを決断した。

 

こうした経緯で2021年に佐賀大学に開設された「化粧品科学講座」は、徳留氏がそれまで進めてきた研究テーマである「経皮吸収技術の技術革新」に加え、「佐賀県産の化粧品素材の有用性評価」「佐賀大学海洋エネルギー研究所が研究してきた海洋深層水の化粧品としての有用性評価」「佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター(鳥栖市)を活用した皮膚(角層)の構造解析」という4テーマを軸に研究と人材育成・創出を進めている。

さらに、本格的に人材創出を行うために、文部科学省の認可を得て開設されるのが、4年制学士課程の「コスメティックサイエンス学環」だ。徳留氏は「効果のある医薬部外品のコスメ製品が増えている今、化粧品技術者・研究者には科学の幅広い知識が必要だが、特に安全性と、ヒトの身体の仕組みを学ぶ必要がある」と強調する。同学環の設立準備段階でも、徳留氏はこの主張を繰り返した。その結果、中核となる連携協力学部である理工学部(化学領域)と農学部(生物学領域)に、医学部(皮膚科学)が協力することが決定した。さらに、経済学部(マーケティングマネジメント)、教育学部(食物学)、芸術地域デザイン学部(デザインプロジェクト)と、同大学にある6学部全てが協力する体制が構築された。

 

「既存の理工学系や農学系学部の学生に国立大学医学部の現役教員が皮膚科学、生理学、毒性学などを教えることは、まずあり得ない。コンパクトな佐賀大学だが、全学部を動員すると化粧品の研究開発に必要な全ての知が揃うことに、運命的なものを感じる」と徳留氏は述べる。8月のオープンキャンパスでは560人の見学者募集が早々に満員となり、15%は九州以外からの参加だった。徳留氏は「大学だけで教育を完結するのではなく、化粧品企業の方にゲストスピーカーを依頼するなど、コスメ産業界の協力も得て人材創出を進めたい」と学環スタート後の構想を語る。

 

ヒアルロン酸を粒子化することで経皮吸収が可能に

 

後半では徳留氏が研究してきた「経皮吸収技術の技術革新」の一端を紹介する。皮膚表面には角層があり、医薬品や化粧品の皮膚内浸透を妨げるバリアとなっている。皮膚に浸透しやすい化合物は分子量500以下の脂溶性物質であることはよく知られている。化粧品有効成分の中でも、分子量120万で水溶性のヒアルロン酸は、最も経皮吸収されにくい化合物の1つだ。

ヒアルロン酸のような高分子化合物を皮膚内に送達する技術として、イオン導入、エレクトロポーション、マイクロニードルなどがある。徳留氏もヒアルロン酸を固形化したマイクロニードルを化粧品メーカーと共同開発し、2011年の国際化粧品技術者会連盟世界大会・最優秀賞を獲得した実績を持つが、現在、進めているのはさらに革新的な経皮吸収技術であるポリイオンコンプレックス法の研究だ。

プラス電荷を持つカチオン性化合物とマイナス電荷を持つアニオン性化合物(ヒアルロン酸など)を水中で混合すると、静電相互作用によって互いの電荷を打ち消し合って集合体(ナノ粒子)を形成する(図2)。徳留氏は「このとき、線状の構造だったヒアルロン酸が球状に凝集した集合体となることを見つけた」と説明する。徳留氏がこの原理を応用してヒアルロン酸とプロタミンを混合して調製したナノ粒子「HANP」は、分子量はヒアルロン酸と変わらないが、粒子径は73nm程度で、形状的な大きさはヒアルロン酸単体よりかなり小さくなった。

 

図2 ヒアルロン酸をナノ粒子化する

 

蛍光染色したHANP乳化製剤を塗布した皮膚切片を顕微鏡解析、定量解析すると、ヒアルロン酸単体の乳化製剤は皮膚表面に滞留したのに対し、HANP乳化製剤は皮膚内に浸透していることが確認できた。徳留氏はさらに研究を進め、皮膚内に浸透したHANPは皮膚内に存在するイオンによって分離し、ヒアルロン酸本来の機能を発揮することを報告。さらに、HANPが角層の細胞間脂質を通過して皮膚内に浸透することを確認し、ヒアルロン酸を粒子化することで浸透経路が変わる可能性があることを、世界で初めて報告した。徳留氏はヒアルロン酸以外の化合物にもポリイオンコンプレックス法を応用し、経皮吸収を可能にする研究を続け、大手企業との共同研究で製品として実用化されたものもある。

他にも、ヒアルロン酸に脂肪酸を化学合成して脂溶性を高める研究、孔を開けない非侵襲的マイクロニードルの応用研究なども手掛け、それぞれ製品として世に出ている。

 

徳留氏は「私が行ってきた経皮吸収技術研究は、電荷と静電的相互作用、分子量と拡散といった身近な科学の応用だ。佐賀県のプロジェクトではこうした技術と身近な素材と融合させて、化粧品の未来に貢献したい」と抱負を述べた。

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